鷹鹿よもやま話
ネットの浅瀬、とある石の裏側より

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【過去記事転載】ハロウィンにかこつけたゆるい漫画を描き始めた話+イベントに出たい話
この投稿は、クロスフォリオのファンコミュニティで2025.10.17に公開した創作設定語りの移植版です。
なお、文中でオフラインイベント参加への意欲を示していますが、今後『鷹鹿』がオフラインイベントに参加する予定は一切ありません。

得ざるものどものセルフパロディシリーズ、ふわもこないきもの。
そのハロウィンネタを思いついたのでちまちまと描き始めました。

扉絵と原稿のサムネ一覧(極小)がこちらです。

ハロウィンにかこつけた~画像その2
↑今回の扉絵はカラーにしてみました。所々気になる箇所があるので、あとで修正するかも。

ハロウィンにかこつけた~画像その1
↑データの名前にひねりがなさすぎる。まあ管理する上で一捻りが必要か? と問われればNOですが。
(原稿の色が暗い緑色っぽいのは眼精疲労軽減対策を講じているためです)

この緑髪の生き物については『ふわもこ ふりあん』is何?にて解説していますが、描いた本人からしてもマジで謎の生き物です。ふわもこってなんだ(哲学)
一応フリアン・カレスティアがこんな姿になってしまった原因はハッキリとしているのですが、それも大概ギャグみたいな理由になってます。これも来年中にはオチまで持っていきたいですね。
ハロウィン漫画は今月中にアップする予定です。ネームは切ったしコマ割りも終わってますからね。あとは無心で描くだけです!

もっとも、「セルフパロディという枝よりも、本編という幹を育てないことにはなぁ」という反省が日々深まってきております今日この頃。
私は元来かわいいもの大好きなので、ついつい手癖のようにふわもこを描きがち。そのうえ最近はキャラ紹介用の絵を優先していたので、本編漫画にはちっとも着手できていません。
諸々の事情があるとはいえ、いくらなんでものんびりし過ぎている!! 物事の優先順位を間違えてはいないか!?  そろそろ自分が許せなくなってきたぜ!!
ここいらでひとつ自分を叱咤しなければということで、来年の前半期に開催される即売会に出よう!という目標を立てました。

申し込みの締め切りが早い順に具体名を挙げるとですね…
☆COMITIA 155
☆J.GARDEN 59
☆第12回TAMAコミ
この三つの内いずれかになります。上二つは申し込みの締め切りまでもう二か月を切っている!

まずは皆さんご存じCOMITIA。一度は出てみたいCOMITIA。けど、規模が大きくてこわい。コミケよりはまあと言われても、やっぱ大きいものは大きい。
サークル初参加なので過度な緊張状態になることが予想されるのと、会場の雰囲気に呑まれるとかでキャパオーバーになりそうな予感がしており、正直尻込みしています……。

J.GARDENはBLオンリーイベントです。なので、出るとしたら本編よりも本編後エピソードを漫画化しないとですね。
揺籃と怪物には耽美はかろうじてあれどもBLは一切無いので、イベントの趣旨に合いません。ブロマンスにも引っかからないんじゃないかな。表現としては凹凸社会人バディものとかになるんだろうか……、待て、言うほどあの時点のルディリアはバディなのか……?
あとは、ルディリアイラスト本やグッズが良いかなぁと。イラストシリーズはいくつか構想があるのですけれどもね。リビングのソファでひたすらまったりしてるだけの二人を描くやつとか、めかしこんだ二人がなんか踊ってるのとか。
もっとも、漫画とイラスト本を平行して作るのは、期日を考えると若干厳しいかもしれません。

となると、可能性が一番高いのはTAMAコミかな? という感じです。期日にも一番余裕がありますので。
オープニングから本編2話+なんらかのオマケを収録した本と、ふわもこのまとめと、あとはなんらかのグッズを作りたいところ。
そういえばメインイラストのクリアファイルが既にありますね! 活動を応援してくれている友人にプレゼントする分を除いてもまだ残りがあるので、それを持っていくのもありでしょうか。
コミティアとJ.GARDENには一般で参加して、即売会の空気を学ぶ機会にするとかでも良いかな……。いや、最後までサークル参加を目指していきたい! 弱気になるな!

目下一番の心配事は、イベント前後のメンタル管理をどうするかです。
私は一種の燃え尽き症候群、あるいは鬱転と呼ばれる状態に陥りやすい体質なので、精神的なアクセルの踏み方を誤るとイベントの翌月は何もかも全部お休みもう全部ムリですごめんなさい!!!という事態になりかねません。
他の創作者さんたちは、そういう創作バイオリズム的な何かの管理をどうされているのか気になっていたり。こればっかりは場数を踏んで慣れるしかないのでしょうか。
そのあたりの事も考えながら、思い描いている作品をきちんと形にすべく頑張っていこうと思います!

ということで、まずはふわもこハロウィン漫画をどうぞお楽しみに!

創作語り

SNSの運用について、個人的な心情の吐露とまではいかないけど、「ちょっと距離とるね!」という感じのお話です。
創作から一歩離れたいわゆる自我多めの記事だし、単純に長いので格納します。

まず、Misskeyの一次創作.designサーバー以外のSNSアカウントは、順次運用停止または削除することにしました。
具体的には、Misskey.io、Xfolio、支援とBooth目的で使用しているPixivです。しずかなインターネットはマイクラプレイ日記の連載がまだ途中なので、それが終わってから去就を考えます。
ちなみに、サイトのプロフィール欄に一時期記載していたBlueskyのアカウントはすでに削除済みです。

.designサーバーでの活動についても、かなり淡々としたものになっていくというか、現在すでに低浮上になっていますね。
今後は完成品の投稿と、サイトの更新を告知するだけとなり、それ以外でほぼ動かすことは無くなります。リアクションもほとんどしない壁打ちと呼ばれる状態になる感じです。
去年の今頃にも一度「SNSから距離取ります~」と言っていたので、「花粉の飛散が始まると全部投げ出したくなる性質なんかいなお前は」と自分でも突っ込まずにはいられません。

しかし、なにも衝動的に撤退を決めたわけではなく、個人サイトを作ろうと決意した段階で、こうすることは既定路線化していました。
Xfolioファンコミュの、昨年12月の記事と個人サイト開設告知記事でも、そういった趣旨のことを書いてました。

SNSは双方向的あるいは多方向的なやりとりの場ですが、主観的には多対一の構図になってしまうもの。
となると、自分が何かを出力するよりも、入ってくる情報のほうが圧倒的に多くなってしまうのは自明の理。少なくとも私にとってはそういう状況でした。すでにキャパオーバーかもしれないと、時々言い洩らしてもいましたね。
もとより私の脳みそは情報処理能力に秀でているとは言い難く、いつからか受け止めきれない情報だけがどんどんかさみ、出力にもおのずとネガティブな影響がおよんで、ただROMるのもしんどくなってしまいました。
そんな負のスパイラルに陥っている自覚は去年の半ばからすでに持っていたので、これを断ち切るためにはSNSをやめる方向で動く他ないだろうと判断しました。

> 活動の軸足はいつも個人サイトに置きつつ、その時その時で触れる情報を変えてみる。
> 交流したいときには交流し、傍観したいときにはROM垢から静かに眺める。
> 自創作を発信する自分と、誰かの創作を受け止める自分、それぞれの感覚を分離する。
> そして、ひたすらこつこつと、空いた時間に作品を作っていく。
> 活動二年目はそんな試みをして行けたらなと思っています。

上記は先ほど挙げたXfolioファンコミュの昨年12月の記事『あっという間の一年間と、これから先の一年間のこと』からの引用です。
まあ、心地よい距離感の測定を試みる以前の段階でしんどくなったのなら、これはもうどうしようもない。

しかし、とうのXfolioに関しては「これからも利用を続けていきたい」とかなんとか書いていたのに、たった数か月でそれを反故にすることになるので、ここだけは個別に理由をお話しておきます。
Xfolio版石のウラがわライフでは、トップページやガイドラインページへの、短時間で3ケタにも達する異常な閲覧回数が記録されることがありました。なんらかのクローラーによるアクセスが原因と思われます。
この問題にサービス内で利用できる対抗策を試そうと思い、ひとまずBot検出機能をONにしたところ、利用継続の根拠となっていたタグ経由での幅広いアクセスが、なんらかのBotによる無作為的なものだったのではないかという疑念が浮上する結果となってしまいました。
倉庫として利用することも考えましたが、諸般の事情でそれもNGということになり、いよいよもって利用目的を見失うに至ったので、完全撤退の決意を固めた次第です。
ありがとう、そしてさようなら、初代『石のウラがわライフ』……。

SNSの話題からは少し離れますが、オフラインイベントに関しても言及しておきます。
過去にTAMAコミやティアに出たい!と発言していましたが、これらは完全に撤回します。
『鷹鹿』という名義での活動範囲はオンライン上かつ趣味に留まるものに限定し、作品展示はホームページと.designサーバーだけという姿勢に振り切ろうと決心しました。
「得ざるものども」をはじめとした鷹鹿名義の作品は、基本的に物理書籍・グッズ化して頒布される可能性は低いと考えてください。※デジタル配信の可能性はあります
物理不存在をカバーするための個人利用範囲の明文化がある、なんて言いぐさは完全に後付けですが……まあ、もともと法律で認められている用途なので私が許可を出す出さないなんてのは変な話。
気に入った作品があれば遠慮なくご自宅で印刷してお気に入り作品集を作ってくださってもまったくかまいませんので、その点はご心配なく。
むしろインク代や用紙代を負担してまでも手元に置きたいと思ってもらえたら、それはとても名誉なことだと思います。
ちなみに、自宅に印刷環境がないなどの事情で、特定の作品をネップリ配信してほしいなどの要望があれば、Googleフォームからリクエストを送ってください。できる限りお応えします。

そういうスタンスなので、もし何かのオフラインイベントに出るとしても、鷹鹿ではない別ものとして出るだろうと思います。
それはサークル参加と一般という区別によらず、そもそもオフライン環境に鷹鹿という存在はいないし、いるべきではないだろうということです。それが自分にとって一番楽な形なので。
感想を伝えるにしても匿名のほうがいいのかも。今後はそうしようと思います。畳む


私がこれから本当に、個人サイトというネットの石の裏側にしか生息しない生き物になったら、この記事は役目を終えたということで削除します。予めご了承ください。

よもやま話

せっかくなので、先ほどの記事にちらと書いたフリアンとルドヴィックの信頼関係の確立エピソードの草稿を置いておきますね。
冒頭部分のおよそ2,000文字、校正は甘々ですが、よければご覧ください。

今後、この類の記事は以下のタグでより分けられるようにしておきます。
#得ざるものども文章進捗


 フリアンが連盟図書館フェガティア分館二階の小会議室にルドヴィックを連れて入室したのは、午前9時30分のこと。
 6脚ある椅子のうちひとつの座面に手早くサイドバッグを下ろすと、貴重品が入ったポーチだけを肩にかける。そうして身軽になってから一階へと引き返し、職員にあらかじめ準備してもらっておいたブックカートを借りると、見上げるほど背の高い書架の間を足早に進んでいく。フリアンは前を向いたまま、手に持ったメモを後方のルドヴィックに見せつつ、抑えめのトーンで説明した。
「必要な資料はこのとおりです。あらかじめ収蔵場所を確認してありますので迷わず行けますよ。そうそう、おれの手が届きにくい場所に配置されているものは代わりに取ってもらうことになりますので、恐れ入りますがそのときはよろしくお願いします」
 もちろん返事はない。一般図書エリアを通過するとき、「作業中の暇つぶしに一冊持っていくか」と提案したが、やはり同じだった。しかし、フリアンがそれに対して小言を並べることはもうしない。ルドヴィックのあからさまに不愛想な態度の裏にある事情を鑑みれば、心に一切の波風が立つことなどないくらい、もはや日常的な所作となっているのだから。
 
 この日、フリアンが図書館にやってきたのには2つの理由があった。
 1つめは、新製品に使用する小麦の品種と粉末の配合量を速やかに決定するための事前調査である。製品開発というものは試作を重ねていくのが主要なやり方だが、社内外で繰り返されてきた妨害工作による印象操作と、エイツ農村の環境改善を急ぐために散々働いてきた無体へのツケが回ったのだろう、本社に具体的成果を提出するまでの猶予設定が突然前倒しされてしまっていたのだ。しかも、期限内に成果を出せなければ、すでに承認されたはずの農地計画までもが白紙に戻ってしまうというのだから事態は深刻である。なので、試作回数を最小限におさえ、かつ成果は最大限にするためにも、できる限り最良の候補を絞り込む必要があった。
 2つめは、ここ最近不穏な出来事が立て続けに起こっているので、比較的安全な場所にこもって穏やかに過ごしたいと思ったからだ。本来は生活上の指南役という名目で同行しているルドヴィックが、○○○○による一連の拉致計画事件をはじめとした様々な局面において、肉体の盾や反撃装置として矢面に立たされる場面が増加したことも、心労として重くのしかかってきていた。自分が騒動の中心にいることだけは確かなのに、全容を把握することはなぜか許されず、改善不可能な状況にとどまり続けることを強いられる。これにはさしものフリアンも参ってしまった。同じく辟易としているであろうルドヴィックの顔を見ると、心に申し訳なさが先立つようになってしまったほどに。
 だからフリアンはこの日、自分だけではなくルドヴィックの身の安全までもが約束されるよう、他者との接触が最低限に抑えられ、かつ警備が万全な環境で一日中過ごせる場所に引きこもって過ごそうと考えた。喫緊の課題に全力で向き合えて、しかも一日中心穏やかに過ごせる環境とくれば、図書館はまさしく理想的だ。狭い自室でびっしりと書き込まれたスケジュール帳をにらみつけていたフリアンは、お手製のポテトボウルを頬張りながらうつうつとしていたが、これを思いついた途端に心のくもりが一気に晴れたような気分になった。
 図書館で缶詰状態になって勉強するだけのそれを「なにすば作戦」――何もない素晴らしい一日作戦――と名付けたフリアンは、すぐさまリスケジューリングなどの準備を済ませ、立案から3日後にはもう実行に移したのだった。
 
 目的の農林水産エリアまでやってくると、彼らの足からは一層迷いがなくなり、書架の間を次から次へと動き続けた。案の定、はしごが設置されていない中途半端な高さの書架の最上部にある資料は、フリアンの背丈では微妙に届かない。普段ならば踏み台を借りるのだが、今日に限っては無駄な動きを最小限に抑えたかったので、ルドヴィックに声をかけて代わりに取ってもらうようにした。
 なぜそうまでして効率的に動きたがるのかといえば、それは他者との接触をなるべく避けるためであり、それはフリアン自身のためではなくルドヴィックのためであった。彼の安全を確保することは、単に警備が保障されている領域に入るだけでは済まされず、悪意を隠している人物との接触機会の回避までもが含まれなければならないと、フリアンは経験上そう確信していたのだ。

 ものの15分ほどで会議室に舞い戻り、フリアンはルドヴィックにくつろぐよう椅子をすすめ、着席したのを見届けてからその斜め向かいの席に自らも腰を下ろし、慣れた手つきで筆記用具と資料を広げて仕事にとりかかった。畳む

創作語り

本を読みながら「得ざるものども」のストーリーをまとめています。
が、物事を端的にまとめるのが苦手すぎて、文章量がかさんでいくのに対し、年表は全くまとめられる気配がありません。
作中の年号は作ったんですけど、各歴史イベントの間隔は何年くらい空けたらそれらしいのかがわからないのと、出来事を書き表すのにちょうどいい表現をつかみ損ねているので、まだまだ道のりは遠いようです。用語集も同じ理由で進捗だめです。ははぁ。

その代わり、本編中の細かなエピソードをいくつか思いつくことができたので、妙な満足感に浸っています。
たとえば、フリアンがルドヴィックの言動に違和感を抱き始めたところから、ルドヴィックが置かれている状況の異質さおよび本来の人格についてとある仮説を立て、期せずしてそれを実証できたと同時に互いの信頼関係が一層強固なものになるまでの一連の流れとか。
いや~爽快だなこりゃ!だから考えるのって楽しいんだな!

そんな感じで、新しい知識体系を取り入れるかたわら、その産物であるやっつけ理論を援用しながら今まで溜めてきたエピソードの断片を検討してみたところ、余白の中にまったく気にしていなかった問いがおぼろげに見えてきたり、因果関係が新しく結びついたりして、自分の中のパラダイムシフトがわっしょいしょい。
結果的にはストーリーの軸がより定まる方向に作用しているのでいいのですが、実は思いのほかスリリングな体験に身を投じていたのかもしれないと感じています。
ただうつろな好奇心に誘われて、なんら一切の覚悟もなく、頼りない自我のひもだけを携えてレッツバンジーしてしまったようなものだったというか。
方向感覚の一切を喪失しかけて「助けてくれ~~~ッッッ!」と叫ぶ自分と、停滞から解き放たれたような無重力体験に歓喜して「おもしれ~~~ッッッ!」とはしゃぐ自分とに振り切り続けているみたいな。

一冊目に読んだ入門書が「文学理論[クリティカル・ワード]」で、文学理論とはそもそも何かに始まり、文学に通底する思想の変遷、主要な理論の成り立ち、重要な人物名と用語など、広範な知識を得ました。同時に今まで見てきた世界が根底から揺らがされるような衝撃と、それに伴う不安感の襲来があり、さっきの「助けてくれ~~~ッッッ!」状態に陥ったわけですが。もちろん「おもしれ~~~ッッッ!」とも思ってはいましたが。
で、その次に前述の書籍の中で紹介されていた「読んでいない本について堂々と語る方法」という、大変クールなタイトルの本に手を伸ばしてみたのですが、おそらくこれは(自分にとっては)大正解だったというか、理論を実践的に表現したユーモラスな筆致でもって、際限なくかつ深刻さを帯びて広がっていく思索の波をいい感じにやり過ごす方法を教えてもらえたようで助かりました。ここへきて「おもしれ~~~ッッッ!」がはっきりと優勢になった感じというか。あとこの本なんか……使えるもの全部使って著者の理論を鮮やかに実用しきっているので、そこが面白すぎていっそずるいまであります。読んでよかった!
これから論旨が重たく、比例して心も重たくなるであろう本の表紙を開くわけですが、知識を得たときに自己世界が受ける不可避の衝撃をなるべく低減できるよう努めながら、自分の中の規範が覆っていく過程を楽しんでいきたいと思います。

文字を読んでいると文字を書きたくなる。読んでいる人は同時に書いているとは、感覚的にはこういうことなんだろうか。
とにかくどんどこ読んで書いての日々を過ごすのが今は楽しい。そんな感じです。ではまたね!

よもやま話

創作についての漠然とした悩みを抱えていた折、縁あって知った文学理論の入門書を読み始めたのですが、
半分ほど進んだあたりで「これは今まさに一番必要な知識じゃないか!!!」と気づき、いてもたってもいられなくなって図書館へ走りまして、
書中で紹介されていた資料の中から特に気になった3冊を借りてきて、横断的に学習態勢を取っています。

いろいろ描きたいとか言ってたけど、創作活動はちょっとお休みです。

冒頭で示した漠然とした不安の正体は、おそらく「自分が表現を通して誰に何を伝えたいのか、それを明文化できないもどかしさとうしろめたさ」なのでしょう。
自分の思考傾向からしても、明らかに、社会のあり方、個人と社会のかかわり方について関心があるのは間違いないんだけど、前提知識が足りなさすぎるというか、そんな感じ。
物語を描くとき、哲学的な前提情報がどうしても足りなくなることはいくらか仕方ないとしても、無自覚のうちに深刻な倫理的間違いを犯すことはできる限り避けたいな、という思いが常にありまして、それが言い訳みたいに作用してしまって本編制作からの逃げを打たせている、気がする。
架空の世界の出来事としてであっても、特定の目的意識のもとに発生した社会運動を描く上で、基本的人権や平等権という人類史の重要なファクターを素通りしてしまうのは、相当まずい。

文学、ひいては芸術文化が、脈々と受け継ぎながらも深化させてきた思想について、真正面から取り組む意義が、未だかつてないほどの重量感をもって私にのしかかってきているのを感じます。
文学理論を通して倫理や哲学といった理論の深遠な意義の一端に触れることによって、まだ言語化できないけど確かに自分の中にある違和感のような「何か」をすくい上げ、創作に活用できたらいいなぁと、そんな風に考えるのでした。
面白い。文学理論。

追記
勉強中は漫画やイラストは作らなくなるけど、用語集や簡易キャラクター紹介は用意する……かも……。

よもやま話

各雪だるま解説画像
こういう「どうでもいいだろそんなの!」と突っ込まれそうなことを真剣に考えているときが一番楽しいまであるかもしれません。
ルドヴィックがカモノハシを好むのは、たまたま目にした図鑑でその性質の不可思議さを知って衝撃を受けたため。

以下、画像内に書き込まれている文章の書き起こしです。長いので格納。

雪だるま解説

【小型雪だるま】
目や鼻…玄関横に生えているトキワサンザシの実
手など…庭のすみにあるコニファーの弱った枝
葉っぱ猫耳の耳…隣家の敷地から飛び出したレッドロビン(剪定許可取得済み)

【雪だるマン 3:7 零式 ~カブスペシャル~】
トサカ(?)…カブ 目…空きビンのふた
鼻とボタン…コルク 口…食べたばかりの冷凍ライチの種

その他小ネタ
  • テントウムシはフリアンの一番好きな虫、カモノハシはルドヴィックの一番好きな動物
  • 「うっかりシエスタ」はフリアンが倒してしまった雪だるまに、ルドヴィックがタオルをかけた合作
  • フリアンが作った雪だるまがやたらウィンクをしているのは、作ってるうちに楽しくなっちゃったから
  • 雪だるマンの造形とネーミングには、二人ともまだ納得していない。来シーズンの研究が待たれる


☆各雪だるま名称

【合作】
雪だるマン 3:7 零式~カブスペシャル~
うっかりシエスタ

【フリアン作】
4:6くん
ネコ親子
ウィンク3段
葉っぱ猫耳
すやすやくん
テントウムシ
ウィンクトナカイ

【ルドヴィック作】
ゆきひつじ
雪男爵
カモノハシ畳む

創作語り

ゆるゆる雪だるまズ
ゆるゆる雪だるまズ

おばかエピソードにおばかエピソードを重ね掛けしたら収拾がつかないんじゃないか?
それと、これナレーションで言われているほどおもしろ雪だるまじゃないんじゃないか?
雪だるまの造形センスには一切の自信がありませんが、それはそれとして楽しそうで何よりだと思った。

時間が有り余っているうちにいろいろ作っておきたいけど、優先順位がなんもわからんので、枝葉ばかり茂らせちゃってる状態です。
まあ、何事も楽しむのが一番だということをリマインドし続けようということでね。楽しめ楽しめ~!GOGO~!

創作語り