本を読みながら「得ざるものども」のストーリーをまとめています。 が、物事を端的にまとめるのが苦手すぎて、文章量がかさんでいくのに対し、年表は全くまとめられる気配がありません。 作中の年号は作ったんですけど、各歴史イベントの間隔は何年くらい空けたらそれらしいのかがわからないのと、出来事を書き表すのにちょうどいい表現をつかみ損ねているので、まだまだ道のりは遠いようです。用語集も同じ理由で進捗だめです。ははぁ。 その代わり、本編中の細かなエピソードをいくつか思いつくことができたので、妙な満足感に浸っています。 たとえば、フリアンがルドヴィックの言動に違和感を抱き始めたところから、ルドヴィックが置かれている状況の異質さおよび本来の人格についてとある仮説を立て、期せずしてそれを実証できたと同時に互いの信頼関係が一層強固なものになるまでの一連の流れとか。 いや~爽快だなこりゃ!だから考えるのって楽しいんだな! そんな感じで、新しい知識体系を取り入れるかたわら、その産物であるやっつけ理論を援用しながら今まで溜めてきたエピソードの断片を検討してみたところ、余白の中にまったく気にしていなかった問いがおぼろげに見えてきたり、因果関係が新しく結びついたりして、自分の中のパラダイムシフトがわっしょいしょい。 結果的にはストーリーの軸がより定まる方向に作用しているのでいいのですが、実は思いのほかスリリングな体験に身を投じていたのかもしれないと感じています。 ただうつろな好奇心に誘われて、なんら一切の覚悟もなく、頼りない自我のひもだけを携えてレッツバンジーしてしまったようなものだったというか。 方向感覚の一切を喪失しかけて「助けてくれ~~~ッッッ!」と叫ぶ自分と、停滞から解き放たれたような無重力体験に歓喜して「おもしれ~~~ッッッ!」とはしゃぐ自分とに振り切り続けているみたいな。 一冊目に読んだ入門書が「文学理論[クリティカル・ワード]」で、文学理論とはそもそも何かに始まり、文学に通底する思想の変遷、主要な理論の成り立ち、重要な人物名と用語など、広範な知識を得ました。同時に今まで見てきた世界が根底から揺らがされるような衝撃と、それに伴う不安感の襲来があり、さっきの「助けてくれ~~~ッッッ!」状態に陥ったわけですが。もちろん「おもしれ~~~ッッッ!」とも思ってはいましたが。 で、その次に前述の書籍の中で紹介されていた「読んでいない本について堂々と語る方法」という、大変クールなタイトルの本に手を伸ばしてみたのですが、おそらくこれは(自分にとっては)大正解だったというか、理論を実践的に表現したユーモラスな筆致でもって、際限なくかつ深刻さを帯びて広がっていく思索の波をいい感じにやり過ごす方法を教えてもらえたようで助かりました。ここへきて「おもしれ~~~ッッッ!」がはっきりと優勢になった感じというか。あとこの本なんか……使えるもの全部使って著者の理論を鮮やかに実用しきっているので、そこが面白すぎていっそずるいまであります。読んでよかった! これから論旨が重たく、比例して心も重たくなるであろう本の表紙を開くわけですが、知識を得たときに自己世界が受ける不可避の衝撃をなるべく低減できるよう努めながら、自分の中の規範が覆っていく過程を楽しんでいきたいと思います。 文字を読んでいると文字を書きたくなる。読んでいる人は同時に書いているとは、感覚的にはこういうことなんだろうか。 とにかくどんどこ読んで書いての日々を過ごすのが今は楽しい。そんな感じです。ではまたね! 2026.2.28(Sat) 15:25:50 よもやま話
が、物事を端的にまとめるのが苦手すぎて、文章量がかさんでいくのに対し、年表は全くまとめられる気配がありません。
作中の年号は作ったんですけど、各歴史イベントの間隔は何年くらい空けたらそれらしいのかがわからないのと、出来事を書き表すのにちょうどいい表現をつかみ損ねているので、まだまだ道のりは遠いようです。用語集も同じ理由で進捗だめです。ははぁ。
その代わり、本編中の細かなエピソードをいくつか思いつくことができたので、妙な満足感に浸っています。
たとえば、フリアンがルドヴィックの言動に違和感を抱き始めたところから、ルドヴィックが置かれている状況の異質さおよび本来の人格についてとある仮説を立て、期せずしてそれを実証できたと同時に互いの信頼関係が一層強固なものになるまでの一連の流れとか。
いや~爽快だなこりゃ!だから考えるのって楽しいんだな!
そんな感じで、新しい知識体系を取り入れるかたわら、その産物であるやっつけ理論を援用しながら今まで溜めてきたエピソードの断片を検討してみたところ、余白の中にまったく気にしていなかった問いがおぼろげに見えてきたり、因果関係が新しく結びついたりして、自分の中のパラダイムシフトがわっしょいしょい。
結果的にはストーリーの軸がより定まる方向に作用しているのでいいのですが、実は思いのほかスリリングな体験に身を投じていたのかもしれないと感じています。
ただうつろな好奇心に誘われて、なんら一切の覚悟もなく、頼りない自我のひもだけを携えてレッツバンジーしてしまったようなものだったというか。
方向感覚の一切を喪失しかけて「助けてくれ~~~ッッッ!」と叫ぶ自分と、停滞から解き放たれたような無重力体験に歓喜して「おもしれ~~~ッッッ!」とはしゃぐ自分とに振り切り続けているみたいな。
一冊目に読んだ入門書が「文学理論[クリティカル・ワード]」で、文学理論とはそもそも何かに始まり、文学に通底する思想の変遷、主要な理論の成り立ち、重要な人物名と用語など、広範な知識を得ました。同時に今まで見てきた世界が根底から揺らがされるような衝撃と、それに伴う不安感の襲来があり、さっきの「助けてくれ~~~ッッッ!」状態に陥ったわけですが。もちろん「おもしれ~~~ッッッ!」とも思ってはいましたが。
で、その次に前述の書籍の中で紹介されていた「読んでいない本について堂々と語る方法」という、大変クールなタイトルの本に手を伸ばしてみたのですが、おそらくこれは(自分にとっては)大正解だったというか、理論を実践的に表現したユーモラスな筆致でもって、際限なくかつ深刻さを帯びて広がっていく思索の波をいい感じにやり過ごす方法を教えてもらえたようで助かりました。ここへきて「おもしれ~~~ッッッ!」がはっきりと優勢になった感じというか。あとこの本なんか……使えるもの全部使って著者の理論を鮮やかに実用しきっているので、そこが面白すぎていっそずるいまであります。読んでよかった!
これから論旨が重たく、比例して心も重たくなるであろう本の表紙を開くわけですが、知識を得たときに自己世界が受ける不可避の衝撃をなるべく低減できるよう努めながら、自分の中の規範が覆っていく過程を楽しんでいきたいと思います。
文字を読んでいると文字を書きたくなる。読んでいる人は同時に書いているとは、感覚的にはこういうことなんだろうか。
とにかくどんどこ読んで書いての日々を過ごすのが今は楽しい。そんな感じです。ではまたね!