「何もない素晴らしい一日」、この間の続きです。 書き出しが前回の終わりと重複しています。 #得ざるものども文章進捗 何もない素晴らしい一日(草稿) ものの15分ほどで会議室に舞い戻ると、フリアンはルドヴィックにすぐさま椅子をすすめ、着席したのを見届けてからその斜め向かいの席に自らも腰を下ろし、慣れた手つきで筆記用具と資料を広げて仕事にとりかかった。もちろん、手持無沙汰なルドヴィックをなるべく退屈させないよう、頃合いを見ながら当たり障りのない話題を提供するのも忘れない。「手洗いに行くときは少し面倒だが1つ上のフロアに行くと個室が広いからおすすめ」だとか、「のどが乾いたらフロア突き当りの休憩室にウォーターサーバーがあるのでそれを利用すると良いし、ついでに部屋の窓から通りを眺めると気分転換になる」だとか。そんなことを話していたら、フリアンはあることを第一に確認せねばならなかったのを思い出し、「そういえば」と続けた。 「お昼は少し遅めの時間に、併設のカフェで済ませようと思うのですが、それでもいいですか」 そのカフェにはいくつか半個室スペースがあり、人目を気にせず落ち着いて食事がとれるし、全体的に量が少なめなので食が細くても手早く食べきれる。なので、可能であればそこで昼食を済ませてしまいたかった。しかし、腹にたまる肉系のメニューは無いので、ルドヴィックにとってはあまり好ましくない提案だろう。そう案じて様子をうかがっていると、ルドヴィックは不満げながらも小さくうなずいた。フリアンは胸をなでおろして、手元の資料に目を落とす。 「今月からカルボナーラをリニューアルしたらしいですよ。ルドヴィックさん、先月立ち寄ったお店で食べてたじゃないですか。味を比べてみたら面白いかもしれませんね」 言外に「知らねえよ」と返したげなため息が聞こえたが、フリアンは構わずに続けた。 「最近コメンキュームの方でも小麦の品種改良が盛んにおこなわれていて、それがフェガティアにも入ってくるようになったんですよ。リニューアルしたパスタに使われてるんですって……」 そうこう話ながらある資料に目を通していた時、先に目を通した書籍の記述との矛盾点を発見した。あわてて辞典を引き寄せながら、前後の文脈もあわせて再度検討するが、いまひとつ正誤が判然としない。まだ確認していない本の中からより新しい発行日のものを探り当て、素早くページをめくっては慎重に読み進めていく。フリアンはすっかり自分の世界にのめりこんでしまった。 「おい」 かすかな緊張をはらむ低い呼びかけをどこか遠くのもののように感じながら、紙面にペンを走らせる。先ほどよりも強めの声が飛んできて、ようやく意識が紙面から小会議室へと急激に戻ってきてた。自分のそばにルドヴィックがいることを思い出したのだ。慌てて顔を上げてみると、ルドヴィックがこちらに怪訝そうな眼差しを向けていた。いつもより眉間のしわが深まっている。いら立っているとも、疑っているとも似つかないその表情。困惑している? いったいなぜ。 「どうしましたか?」 「どうも何もない。いつまでそれは続く」 顎で卓上を示されたので、そうですねと呟きながら手元を見渡し、レポートをめくって、予定と実際の進捗を頭の中で比べた。おおむね望ましいペースでことは進んでいるだろう。 「こちら側に寄せてある3冊の本を確認したら、一度休憩します。ざっと見積もってあと一時間ほどでしょうか」 鼻根に刻まれた線を一層深くしたルドヴィックは、口の中で「いちじかん」という言葉を反芻した。それを見て、フリアンは腕時計に目をやると、あと少しで13時に差し掛かるところだった。2時間は集中していたのかもしれない。 ~中略~ 困惑の仕草と声の震え。この密室で過ごしている時間はルドヴィックにとって、動揺が見かけに現れてしまうほどの心的負担を伴うものなのだと。 何も起こらないこと――誰からも敵意を向けられない穏やかな時間を過ごすことが、異常事態。 フリアンの心の奥に、鋭くて冷たい痛みが広がっていく。ルドヴィックの内心にまったく思い至らなかった後悔の念が。一刻も早く外に連れ出してあげたい。それだけではなく、何か気が紛れるようなことを提供できればなおのこと良い。すぐに思考を巡らせ、未確認の資料を素早く手に取り、背表紙を開いた。 「いえ、まずはこれらの内容を確認します。既知のものであれば、時間をかけて読み解く必要はありませんから、その分時間を短縮できるかも」 言葉を紡ぎながら、ふと思いついた。フリアンはもう一冊本を取り、十数枚の小さな紙切れとともにルドヴィックの前に差し出す。 「ルドヴィックさんがもしよければ、索引からこれと、これと……この単語を探してもらえませんか?」 言われるがままに背表紙を開くルドヴィックの隣にすばやく移動し、共に索引から単語を見つけ出して該当のページを開き、紙片を小口から少しはみ出すような形で挟み込むよう手伝った。 「今と同じことを繰り返して、すべてのページをマークし終わったらここに置いてください。その次はこの本をお願いします。大丈夫、すぐに確認します。それと、この作業が終わったら資料をいったん返却して、少し離れたところまで外出しましょう」 「昼はここで済ますんじゃねぇの?」 「予定変更です。外の空気をたくさん吸いたくなったので」 所在なさげな声で「わかった」とだけつぶやくと、説明を受けている間どこか空を見ていたようなルドヴィックは、また索引へと焦点を戻したようだった。いつになく彼が協力的なのは、目の前の資料に興味があるからではない。早くここから出たいという一心からに違いなかった。真っすぐ胸を貫く勢いで伝わってくる苦悶に、フリアンは自分の呼吸さえ詰まりそうになるのを感じて、一度深呼吸する。少しだけしびれた手の感覚を確かめるように何度か握りつつ着席すると、急いで内容を精査し始めた。 フリアンは、隣にいる大男が何よりもはかなくて不安定な存在のように思えてならなかった。 ~ここまで~ この時点のフリアンは、ルドヴィックが置かれてきた異常な抑圧環境について、シラさんからある程度聞いて把握している、という状況。 勢いでバーッと書いてみたは良いものの、数日おいてから読み直してみると、文章の運びの不自然さが気になってひっくり返りそうになりますね…。畳む 2026.3.7(Sat) 18:17:08 創作語り
書き出しが前回の終わりと重複しています。
#得ざるものども文章進捗
ものの15分ほどで会議室に舞い戻ると、フリアンはルドヴィックにすぐさま椅子をすすめ、着席したのを見届けてからその斜め向かいの席に自らも腰を下ろし、慣れた手つきで筆記用具と資料を広げて仕事にとりかかった。もちろん、手持無沙汰なルドヴィックをなるべく退屈させないよう、頃合いを見ながら当たり障りのない話題を提供するのも忘れない。「手洗いに行くときは少し面倒だが1つ上のフロアに行くと個室が広いからおすすめ」だとか、「のどが乾いたらフロア突き当りの休憩室にウォーターサーバーがあるのでそれを利用すると良いし、ついでに部屋の窓から通りを眺めると気分転換になる」だとか。そんなことを話していたら、フリアンはあることを第一に確認せねばならなかったのを思い出し、「そういえば」と続けた。
「お昼は少し遅めの時間に、併設のカフェで済ませようと思うのですが、それでもいいですか」
そのカフェにはいくつか半個室スペースがあり、人目を気にせず落ち着いて食事がとれるし、全体的に量が少なめなので食が細くても手早く食べきれる。なので、可能であればそこで昼食を済ませてしまいたかった。しかし、腹にたまる肉系のメニューは無いので、ルドヴィックにとってはあまり好ましくない提案だろう。そう案じて様子をうかがっていると、ルドヴィックは不満げながらも小さくうなずいた。フリアンは胸をなでおろして、手元の資料に目を落とす。
「今月からカルボナーラをリニューアルしたらしいですよ。ルドヴィックさん、先月立ち寄ったお店で食べてたじゃないですか。味を比べてみたら面白いかもしれませんね」
言外に「知らねえよ」と返したげなため息が聞こえたが、フリアンは構わずに続けた。
「最近コメンキュームの方でも小麦の品種改良が盛んにおこなわれていて、それがフェガティアにも入ってくるようになったんですよ。リニューアルしたパスタに使われてるんですって……」
そうこう話ながらある資料に目を通していた時、先に目を通した書籍の記述との矛盾点を発見した。あわてて辞典を引き寄せながら、前後の文脈もあわせて再度検討するが、いまひとつ正誤が判然としない。まだ確認していない本の中からより新しい発行日のものを探り当て、素早くページをめくっては慎重に読み進めていく。フリアンはすっかり自分の世界にのめりこんでしまった。
「おい」
かすかな緊張をはらむ低い呼びかけをどこか遠くのもののように感じながら、紙面にペンを走らせる。先ほどよりも強めの声が飛んできて、ようやく意識が紙面から小会議室へと急激に戻ってきてた。自分のそばにルドヴィックがいることを思い出したのだ。慌てて顔を上げてみると、ルドヴィックがこちらに怪訝そうな眼差しを向けていた。いつもより眉間のしわが深まっている。いら立っているとも、疑っているとも似つかないその表情。困惑している? いったいなぜ。
「どうしましたか?」
「どうも何もない。いつまでそれは続く」
顎で卓上を示されたので、そうですねと呟きながら手元を見渡し、レポートをめくって、予定と実際の進捗を頭の中で比べた。おおむね望ましいペースでことは進んでいるだろう。
「こちら側に寄せてある3冊の本を確認したら、一度休憩します。ざっと見積もってあと一時間ほどでしょうか」
鼻根に刻まれた線を一層深くしたルドヴィックは、口の中で「いちじかん」という言葉を反芻した。それを見て、フリアンは腕時計に目をやると、あと少しで13時に差し掛かるところだった。2時間は集中していたのかもしれない。
~中略~
困惑の仕草と声の震え。この密室で過ごしている時間はルドヴィックにとって、動揺が見かけに現れてしまうほどの心的負担を伴うものなのだと。
何も起こらないこと――誰からも敵意を向けられない穏やかな時間を過ごすことが、異常事態。
フリアンの心の奥に、鋭くて冷たい痛みが広がっていく。ルドヴィックの内心にまったく思い至らなかった後悔の念が。一刻も早く外に連れ出してあげたい。それだけではなく、何か気が紛れるようなことを提供できればなおのこと良い。すぐに思考を巡らせ、未確認の資料を素早く手に取り、背表紙を開いた。
「いえ、まずはこれらの内容を確認します。既知のものであれば、時間をかけて読み解く必要はありませんから、その分時間を短縮できるかも」
言葉を紡ぎながら、ふと思いついた。フリアンはもう一冊本を取り、十数枚の小さな紙切れとともにルドヴィックの前に差し出す。
「ルドヴィックさんがもしよければ、索引からこれと、これと……この単語を探してもらえませんか?」
言われるがままに背表紙を開くルドヴィックの隣にすばやく移動し、共に索引から単語を見つけ出して該当のページを開き、紙片を小口から少しはみ出すような形で挟み込むよう手伝った。
「今と同じことを繰り返して、すべてのページをマークし終わったらここに置いてください。その次はこの本をお願いします。大丈夫、すぐに確認します。それと、この作業が終わったら資料をいったん返却して、少し離れたところまで外出しましょう」
「昼はここで済ますんじゃねぇの?」
「予定変更です。外の空気をたくさん吸いたくなったので」
所在なさげな声で「わかった」とだけつぶやくと、説明を受けている間どこか空を見ていたようなルドヴィックは、また索引へと焦点を戻したようだった。いつになく彼が協力的なのは、目の前の資料に興味があるからではない。早くここから出たいという一心からに違いなかった。真っすぐ胸を貫く勢いで伝わってくる苦悶に、フリアンは自分の呼吸さえ詰まりそうになるのを感じて、一度深呼吸する。少しだけしびれた手の感覚を確かめるように何度か握りつつ着席すると、急いで内容を精査し始めた。
フリアンは、隣にいる大男が何よりもはかなくて不安定な存在のように思えてならなかった。
~ここまで~
この時点のフリアンは、ルドヴィックが置かれてきた異常な抑圧環境について、シラさんからある程度聞いて把握している、という状況。
勢いでバーッと書いてみたは良いものの、数日おいてから読み直してみると、文章の運びの不自然さが気になってひっくり返りそうになりますね…。畳む